原理・原則(第31話):賢い人の言葉・行為(第10話)、老後に2000万円不足!

   今日のテーマは【原理・原則(第21話):賢い人の言葉・行為のまやかしの見抜き方(第7話)】と同じです。
   問題対象となる賢い人の行為は、心の底では相手に敬意を持っていないところから生じます。私の経験を話すと、賢い人の人事権を私が少しでも持っていると賢い人が判断している間は、私に近づき丁寧に応対していましたが、人事権を持たないと分かってからは態度が豹変しました。一方で、その賢い人に職務上より近い上司が冗談めかした評価らしいことを言った時には床に正座して応対していました。そのような賢い人はその場その場で思いついた、一見まっとうと思われる理屈を突き付けてくるので日頃から対策が必要でした。人間性に問題がある人物だと私は判断していましたが、上手に賢く振る舞っていったようでそれなりの地位についてゆきました。
   さて年金問題の件ですが、2004年の小泉政権下での年金改革で自民党は、公的年金制度の安定性を「100年安心」と言明しました。安倍首相が自民党幹事長だった時の事です(Web情報)。ところが、16年ほど経過して国民が「100年安心」の言葉を忘れた頃に「老後には2000万円不足します」と発言したので、言葉の整合性が問われることになりました。
   客観的に考えると、金額の多少は別にして老後を年金だけで賄うのは至難である、と推察します。その意味では、「老後に少しゆとりのある生活を考えるのであれば貯蓄を計画的にして下さい」と進言することは悪いことではありません。もちろん、人から言われなくても、多くの人はそれなりに備えていると推察します。
   それではいったい何がおかしいのでしょうか?経済成長期とは異なり、今は給料が期待したようには上がりません。戦後最長期の景気が続いていると自分たちの経済政策を自慢・喧伝していてもです。「大企業が潤えば、一般市民にもおこぼれが落ちてくる」と首相が説明していたのに、大企業の内部留保は300兆円程増えても一般市民、特に非正規で働いている人達の給料は増えません。貯蓄どころではない状態、あるいは貯蓄できてもわずかな状態で働いている時に、「2000万円貯めなさい」と言われたら頭にきます。つまり、恵まれた環境に居る人たち、とりわけ政治家と官僚の多くは、生活が苦しい人のことは真には理解できないのです。
   6月13日の新聞は、「報告書を受け取らなければ、報告書はなかったことにできる」と伝えています。これは政治家の特権でしょうか。一方、官僚は「記憶にありません」と言えばすべてが許されています。両者に欠けているのは、国民に対する誠意です。もちろん、政治家にも官僚にもまともな人はいますが、このように無責任な言葉が頻繁にまかり通る政治は過去に記憶がありません。それでも政治家は言います。「自分たちは選挙で国民から信託を受けているのだ」と。
   

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