政治(第20話):自民党が300議席を超える!

   第19話を書いた時点では、「自民党は少し議員数を減らした方がよいと国民は考えている」と私は予想していた。個人的には今もそうあって欲しいと考えている。そう考えている私が、そうであるなら、どこの野党にするかを考えた時、「適切だと思われる野党が見当たらない」というのが実情である。仲間同士で足を引っ張り合って国政そっちのけで、主導権争いに明け暮れた民主党、大阪府と大阪市の財政立て直しをそれぞれ3年間ほどで達成した維新の会も党の性格が少し変わってきている感じがする。いろいろ問題はあっても自民党政治は、「野党の政権運営よりましだ」と国民の多くは考えているのかもしれない。
  個人的には「国民の見識がますます問われる時代になってきた」と感じている。中国の海洋権益に対抗するためには日本もそれなりの国力が必要である。その方向性は安倍総理の政治目的を達成するためには追い風となる、と推察する。
   「生活苦を選ぶか」、「貧しくてもささやかな幸せを選ぶか」の選択の時代に少しずつ日本も進んで行っていると感じる。「アラブの春」でよくなると期待した生活が裏切られて、若者が「イスラム国」の戦士としての人生を選ぶ時代。日本でも生活苦を選ぶより、原子力発電の立地による経済収入を選択する。あるいは、しばらくの間よりよい生活を経験してから、ギリシャのように夕張市のように、財政再建のために悲惨な生活を享受する道を選ぶ時代。そして将来的には、欧米先進国の一員として、あるいは、世界平和に貢献する国として「国際的テロ」に立ち向かった結果として、自衛隊員が殉死するとなれば、国際貢献か殉死かを選択する時代が到来する。その前に中国との争いがなければよいが、と危惧もする。
   これらすべてを視野に国民が進むべき道を選ぶのが選挙であるが、日本人の賢さが益々問われていると感じる。高み見物で済ますことができるなら面白い時代に入っている。 「生活が苦しいと正義ばかり唱えていられない」というのは頭では納得できる。覚悟が問われる時代となりつつある。しかし、覚悟が問われる強弱は、いつの時代にも権力中心からの距離に依存する。  

この記事へのコメント

ネコ虎
2014年12月05日 20:02
>「生活苦を選ぶか」「貧しくてもささやかな幸せを選ぶか」の選択の時代に少しずつ日本も進んで行っていると感じる。

 経済に関する選択肢が少なすぎませんか。どちらの選択肢も日本は貧乏になることを前提にしていますが、豊かになる選択肢はないんですか。そういう選択肢も当然あるはずです。
 日本がずっと成長できなかったのは、経済政策の失敗から来ています。それによって、長い間日本人は、もう日本は成長しないんだ、と洗脳されてしまいました。それで喜ぶのは財務省の役人だけです。増税も財政支出削減も思いのまま。それにより日本経済が縮んでも、それは財務省の責任ではなく、日本の運命だと日本人自身が納得してしまっているからです。
 そんなことはおかしいと思いませんか。経済成長の大元は需要の多寡、つまり所得の問題です。新自由主義政策で賃金カットを徹底的にやって企業が強くなっても日本という国は豊かになりません。構造改革、規制緩和といった間違った政策及び財政破綻論から脱却出来れば、日本という国はこれまで以上の豊かさを追求できる素地はあるのです。

この記事へのトラックバック