空想ニュース(第16話):教育改革!、英会話?

   今日は小・中学校に通う子どもをお持ちの親御さんたちへの参考意見です。それは、「日本人の日本語力・国語力が既に落ちていますが、今後ますます落ちていくと予想されます」という話です。
   既に一度ブログに書いた記憶があるのですが、私はかなり前からそのことを予想していました。というのは、小学校で教えておられた先生と話していると、「国語は各学年で教える漢字を覚えさせるだけで精一杯であり、漢字を完璧に覚えさせていると国語力にまで手が回らない」と仰られていたからです。それ故にその先生は、「漢字指導は80%程度の習得を目指し、残りの20%程を国語力の育成に当てる」とのことでした。
   このような状況にある学校教育に、国の将来を睨んで様々な要請が教育に持ち込まれます。21世紀に生き残る戦略として1995年(H7年) 科学技術基本法を制定しました。つまり、科学技術創造立国として生き延びようというわけです。小学校に総合的学習を持ち込んだのはその流れと理解します。先生方はけっこう混乱されていましたが、総合学習の企画自体はよい流れと感じました。
   そうこうしている内に、グローバル化、企業に多国籍化の流れが生じます。そして、海外で金儲けするためには英語力が必要だということになります。現在、経営に携わっておられる人達の多くが交渉時に英会話で苦労されたと予想します。一方で、中国や韓国では小学校から英語を教えています。すると、日本も英語を小学校で教えなくては、となりました。
   英語力に時間をさける状況ではないのに、2020年度から英語が、小学校高学年から正式教科になることが決まっています。国語力を付ける時間さえないカリキュラム構成に更に英語という科目が入ってくるのです。算数も計算力を付けるのに時間を取られて、算数的思考力を付ける時間が足らないのにです。更に、文科省は英語だけではなく、プログラム学習も小学校に導入しようとしています。
   世界で日本が然るべき地位を占めるためにはそれなりの戦略が必要です。確かに英語力があるに越したことはありません。しかし、日本語という一つの言語体系の学習を疎かにしてまで、すべての国民に英語が必要でしょうか。言語体系が違えば異なる視点で物事を捉えることができます。創造的活動には普遍的ユニークさこそが大切です。英会話の習得は、日本語の体系を理解した後では遅いというのでしょうか。二兎を追って一兎もものにできない子どもに対して、誰が責任を負うのでしょうか?経済活動という視点だけをもとに英語を小学生から始めるという考えに私は同調できません。それとも、英語が話せる全ての人は日本語しか話せない人より優れているのでしょうか?もしそうなら、英語を母国語とするすべての人は日本人のすべての人より優れていることになります。企業はお金が儲かりさえすれば満足なのかもしれませんが、文化を育てる社会的責任も期待したいです。いかがでしょうか。
   今日の結論は、「教育は金儲けだけにあるのではない」ということです。公教育がおかしいところは親が見定めて修正してあげる必要があります。その意味では親の教育力が試されている時代だと感じます。アメリカでは貧困家庭の子供が教育的ハンディを負わないようにと、予算をたくさん付けて施策を講じました。ところが、どうしても打破できないことがあったと聞いています。それは、家庭生活で築かれた能力だと聞いた記憶があります。子どもは夫婦の会話からも学習しているのです。実際にも私は、子どもが2歳の頃に思いがけない言葉を子どもから聞きました(長くなるので内容は省略)。子どもの理解力を軽視してはいけません。

   追記:論点 英語教育のあり方(毎日新聞 2017.11.08) 水村 美苗女史(プリンストン大学講師、ミシガン大学客員助教授、スタンフォード大学客員教授として、日本近代文学を教える)の主張を参照されるとよい。
【担当記者:Sole・Hont・Kerr(ソレ・ホント・カー)】。

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